ハメス・ロドリゲスの少年時代 生まれた家は現在倉庫に

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ハメス・ロドリゲスの顔立ちを見ると、とても育ちが良さそうだが、ハメスもまた多くのサッカー選手と同様決して裕福な家庭に生まれたわけではなかった。



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ハメスが生まれたのはコロンビアのククタ。コロンビア東部の人口64万人ほどの都市である。その町のラティーノ地区8番通りにある3階建ての建物の一室にハメスの家族は住んでいた。ハメスがこの場所で生まれたのは父ウィルソン・ロドリゲスが地元のプロサッカーチーム、ククタ・デポルティーボに所属していたからだ。その家からチームの練習場までは車でわずか10分の距離だった。

ハメスの父ウィルソンがデポルテス・トリマからククタ・デポルティーボへの移籍が決まり、この場所に妻ピラル・ルビオさんと移り住んできたのは1990年1月のこと。その約1年半年後にハメスが誕生した。大人になった今でこそ黒髪だが、生まれたときハメスの髪はもっと金髪に近かった。当時のハメスを写真に収めたククタ・デポルティーボのカメラマンはこう言う。

「昔からフォトジェニックでした。決して嫌がらず、むしろ喜んでいました。彼の小さい頃の写真を取ることができて光栄です。彼がスタジアムで撮った初めての写真もありますよ。そんな彼は今では世界最高のスタジアムでプレーしていますけどね」。

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プロサッカー選手といえど小クラブの選手の給料は決して多くはない。ハメスの一家が生活していた場所もコンクリートがむき出しになっているような簡素なアパートだった。ちなみに今、その場所は靴屋の倉庫として使われている。奇しくも倉庫を借りているクリスピンさんは、ハメスの小学校時代の元クラスメイトだ。

クリスピンさんはハメスが少年時代のほとんどを過ごしたイバゲにある小学校6年生のときにハメスとクラスメートになった。先日、開かれたレアル・マドリードの移籍会見をTVで見たというクリスピンさんはハメスについてこう語っている。

「会見を見て、特に驚いたのが昔から全然変わっていないことです。一年しか一緒じゃなかったんですが、クラスでは大人しく謙虚な生徒で、礼儀正しく、宿題もちゃんとやり、先生からも一度も怒られたことがなかったほどです。ただサッカーはあの頃からすごく上手く、いつもボールを持って歩いていました。メデジンで開かれた(ジュニア年代の登竜門的大会)ポニーフットボルでプレーした後は成長が止まりませんでした」。

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ハメスは両親が離婚する3歳までこの場所で育った。その後、イバゲに引越し、本格的にサッカーを始めることになるのだった。